査読付き雑誌に掲載された論文などについての、簡単な解説です。なお未公刊のWorking paperなどについては
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企業が政府の環境規制に対する政治的なインセンティブを理論的に分析した論文です。CO2排出をはじめとした政府による環境規制は企業にとって費用となるため、企業は環境規制の緩和を政府に働きかけるインセンティブがあります。この論文では生産活動と排出削減努力を行う独占企業に(i)総排出量を制限する上限規制、(ii)生産単位当たりの排出量を制限する排出原単位規制、(iii)排出量単位あたりに税金を課す排出税、の3つの典型的な環境政策のどれかが課される状況を考察します。企業に課される排出目標が下がった時の企業の利潤の増加量が最も小さい政策を(企業が排出目標を下げるインセンティブが小さいという意味で)最も頑健であるとし、どの政策が最も頑健であるかを議論しました。上限規制に比べ、排出税で政府の排出目標を達成する場合、排出目標が減少するにつれ高い税率が課され課税ベースとなる排出量が小さくなるため、企業が排出目標を上げることによる利潤の増加分は政府の元々の排出目標が大きい時ほど大きくなります。これにより、政府の排出目標が小さい(厳しい)場合には排出税が最も頑健になる一方、排出目標が大きい場合には上限規制が最も頑健になることを示しました。また、排出目標変更の費用や経済厚生を政府の目的関数に導入した拡張分析も行い、排出目標変更の費用が高かったり経済厚生を(企業からの献金額に比べて)重要視するような政府の場合には排出税が最も頑健であることも示しました。
デジタルコンテンツを扱うプラットフォームにおける排他的供給を理論的に分析した研究です。ビデオゲームをはじめとした近年のデジタルプットフォームでは、消費者は複数のプラットフォームでコンテンツを消費することが多くなってきた一方、コンテンツの供給者は特定のプラットフォームからのみ独占的に供給する状況も観察されます。この研究では消費者が複数のプラットフォームに参加する可能性がある時に、複数のコンテンツを持つ供給者がコンテンツを特定のプラットフォームに排他的に供給する誘因について分析しました。供給者がコンテンツを消費者に供給できるプラットフォームが1つしかないと、そのプラットフォームは利用料を通じて取引余剰を搾取するため、供給者が利潤を確保するためにはできるだけ複数のプラットフォームを通じて消費者に供給できるようにする必要があります。コンテンツが特定のプラットフォームから排他的に供給されると、他のプラットフォームにしか参加しない消費者にそのコンテンツを供給することができなくなる一方、排他的に供給されるコンテンツを求めて消費者が複数のプラットフォームに参加するようになるため、供給者は排他的ではないコンテンツを複数のプラットフォームを通じて供給できるようになります。よって、排他的コンテンツがないと複数のプラットフォームに参加する消費者がそれほどいない場合、そのような消費者を増やすために供給者は自発的にコンテンツを特定のプラットフォームから排他的に供給することに事前にコミットすることが望ましくなることを示しました。
寡占市場における企業の戦略的意思決定を分析した研究です。生産量を決定する寡占市場(クールノー競争)において、生産量を他企業よりも先に決定するとそのコミットメント効果によって優位に立てる一方、市場が不確実で各企業が市場に関する不完全な私的情報を持つ場合、先に決定をすることでその企業が持つ情報を他の企業に知らせることになり不利な立場に立つことになります。この論文では、各企業が需要の大きさに関する不確実な情報を持つ中での数量競争のモデルを考察し、ある企業が他の企業に先んじて生産量を決定するシュタッケルベルグリーダーになる誘因について分析しました。その企業がリーダーになる誘因があるのは他の企業と比べて需要に関する情報が相対的に不正確になるときであり、それはその企業の生産量に対して他の企業の生産量が戦略的代替(反応曲線の傾きが負)の関係にあることが必要十分条件であることを示しました。また、生産者余剰や消費者余剰への効果も分析し、そのような企業が生産量決定のタイミングを最適に決められるようになることで産業利潤は減少し、複占市場での消費者余剰は増加させる一方、企業数の十分に多い産業では消費者余剰を減少させることを明らかにしました。
関係的契約における業務配分の影響を分析した理論研究です。企業内や企業間取引において複数の業務を遂行する必要があるとき、外部委託などを通じて複数の業務を分割することがあります。この研究ではマルチタスク問題を抱え、的確な努力インセンティブを与えるために立証不可能かつ不完全な業績に基づいた長期関係による裁量的ボーナスを必要とする状況を考察し、1人のエージェントに全ての業務を割り振るか2人のエージェントに業務を分割して割り振るかのどちらが望ましいかを分析しました。業務を分割することは各エージェントのマルチタスク問題による努力配分の歪みが軽減される反面、複数のエージェントを管理する必要性から関係的契約によるインセンティブ強度の制約を受けやすいという問題点を引き起こす結果、割引因子が高い時に業務を分割することが望ましい傾向があることを示しました。また、立証可能な業績指標も存在する場合は、割引因子が中間程度の時を除くと業務を分割した方が望ましいという非単調な関係性も示されました。
選挙行動を分析した理論研究です。当選する見込みがないにもかかわらず出馬する現象(戦略的立候補)が選挙においてしばし観察されます。戦略的立候補は2大政党制などの候補者が2人の状況においても観察されていますが、内生的に立候補行動を決定する既存の市民候補者モデル(Osborne and Slivinski 1996, Quarterly Journal of Economics; Besley and Coate 1997, Quarterly Journal of Economics)では、戦略的立候補には必ず3人以上の立候補者を要します。この論文では、政党を明示的に取り入れた2段階の市民候補者モデルを考察し、2つの政党が総選挙に出馬しそのうち1つの政党は勝つ見込みがない状況が起こり得ることを示し、その条件を特定化しました。各政党に理想の政策が異なる党員が複数存在し、総選挙への立候補後に党内で党代表の選別が行われるというモデルを考えると、相手の政党が総選挙へ立候補しているかどうかによって、選ばれる党代表が異なることが起こり得ます。よって、もしある党の立候補によって相手の党の代表の理想の政策が望ましいものに変わるのであれば、その党は例え総選挙で勝つ見込みがなくても、立候補によって望ましい政策の実施を引き出すことができるために、立候補する誘因が生まれることを示しました。また、党代表の選別が民主的な場合(党内選挙)と独裁的な場合(現代表による任命)を比較し、党内選挙が行われたとしても実際に実施される政策は必ずしも中道に寄るとは限らないことを示しました。
特許ライセンスの競争効果を理論的に分析した研究です。近年、技術標準に関連する特許のライセンスにおいて、必要とされる特許をパテントプールとして一括にライセンスされることが観察されますが、パテントプールは抱き合わせ販売に該当し競争政策上望ましくない可能性があります。この議論に対しLerner and Tirole (2004, American Economic Review)は、各特許保持者による個別のライセンシングも同時に認めることでパテントプールは常に競争政策上望ましくなることを示しました。本研究ではこの理論を再検討し、個別のライセンシングを認めることが競争政策上むしろ望ましくない可能性があることを指摘しました。具体的には、各特許が水平的に差別化されている状況を想定し、この時にパテントプールと各特許保持者の個別ライセンスを並存させることによって(1)価格差別が起きる可能性と(2)代替的な特許保持者との価格競争の阻害の可能性がある結果、ライセンスの価格が高く維持され個別ライセンシングを認めることはむしろ経済厚生を悪化させることを示しました。
組織における透明性の是非を理論的に分析した研究です。組織内での労働者の行動の透明性が効率性に与える影響は一般には正負両方観察されています。この研究では、複数のエージェントが逐次的に行動する逐次的なプリンシパル-エージェント問題を考え、最初のエージェントの行動を後ろのエージェントが観察できるかどうかによって透明性の度合いを定義し、透明性の是非を考察しました。組織を透明にした場合、後ろのエージェントは自分の生産的努力に加えて最初のエージェントが非生産的にならないように管理をする必要性が加わることで負の効果が生じる一方、後ろのエージェントの管理をすることによって、最初のエージェントの業績指標の変化を通じて正の効果が生じる可能性があることを示しました。また、透明性の望ましさは各エージェントの業績指標の尤度比によって決まること、さらに透明な組織ではチーム業績評価、非透明な組織では相対業績評価を組み合わせる傾向にあることも確認しました。
関係的契約による協力的組織の可能性を分析した理論研究です。企業におけるチームワークの活用が生産性を改善しているケースもあれば、チームワークがうまく機能しない組織も見受けられます。この研究では、複数のエージェントが存在するモラルハザードの枠組みを用い、(1)各エージェントは自分の業績への努力に加えて他のエージェントの業績を改善する行動(ヘルプ)を行うことができる、(2)業績は立証不可能なので業績に応じたインセンティブは長期関係による裁量的ボーナスによって与えられる、という状況を考察し、正のヘルプを引き出すこと(=チームワーク)が最適になる条件を考察しました。ヘルプを引き出さない分業体制では裁量的ボーナスを効果的に活用するためにエージェント間の相対業績評価によってインセンティブを与える一方、チームワーク体制にするためにはヘルプの行動を動機付けるために相対業績評価から大きく業績評価を変更する必要がでてきます。そのために、チームワーク体制でも弱いヘルプしか引き出せないのであればむしろチームワーク体制をあきらめて分業体制にした方が効率性が上がり、その結果、選択される組織体系は「ヘルプのない分業体制」か「非常に協力的なチームワーク」のどちらかになり、中間の形態は取られないことを示しました。
政治献金の理論分析についての研究です。利益団体などから政治家への政治献金にはインセンティブ契約の側面があることは古くから指摘されており、ひとつの流れとしてGrossman and Helpman (1994, American Economic Review)によるメニューオークション(=共通エージェンシー)の応用による分析は広く行われています。しかし、これまでのメニューオークションの応用モデルでは、利益団体が政治家の政策決定に応じた政治献金契約を強制可能な形で締結できることを暗黙に仮定しており、これは多くの法的なルールに反しています。実際は、そのような政治献金は法的に保証されたものではなく、暗黙の約束として締結されていると考えられるので、実際にそのような暗黙の約束を守る誘引があるのかどうかを分析する必要性があります。この視点を元に、この研究では、利益団体の政治献金は法的に保証されたインセンティブ契約の形を取ることができないという条件下で、利益団体と政治家が継続的な長期関係の下で、同様のインセンティブを政治家に与えることが出来るのかどうかを分析しました。主要な結果として、preference-diversityという(大雑把に言うと)利益団体が自分の望む政策に対してより強い選好を持つかどうかという指標を導入し、このpreference-diversityが強ければ強いほど、高い割引因子が必要になるという意味でメニューオークションでの均衡結果を実現することが難しいことを示しました。
選挙行動を分析した理論研究です。選挙においてしばし観察される事象として(1)別の立候補者の得票を奪取することで選挙結果に影響を与える妨害を意図した立候補、(2)各候補者の立候補は対立候補が立候補したかどうかを観察してから自身の立候補を決定するような戦略的な行動、があります。これらの要因が選挙での行動や結果にどのように影響を与えるかを分析するために、この研究では逐次的に立候補を決定する市民候補者モデル(Besley and Coate 1997, Quarterly Journal of Economics)を考察し、特に(1)潜在的候補者は3人でうち1人は他の立候補者がいると当選できない弱い候補者、(2)立候補者は立候補の時点では政策にコミットできない、(3)潜在的候補者は順番に立候補を決める、状況を分析しました。ある候補者が誰が立候補してこようが必ず当選できる絶対的な候補者でない限りにおいては、どんな順番・選好であろうともであろうとも、次のことが成り立つことが示されました: 弱い候補者は決して当選することは出来ないものの、残りの2人の候補者のうちその弱い候補者が好む(=弱い候補者と政策選好がより似ている)候補者が必ず当選する。この意味で弱い候補者は選挙結果に大きな影響力を与えることができる候補者になることが示唆されました。また、弱い候補者は自分が好む対立候補が当選するために、負けるのが分かっているにも関らず意図的に立候補をしたり、他の候補者の立候補に応じて自分の立候補行動を変えるといった戦略的な行動を取ることも確認されました。
関係的契約と私的情報との相互作用を明らかにして理論研究です。プリンシパル-エージェント問題によるインセンティブの設計については既に多くの研究がなされていますが、かなり一般的に次の二つのことが知られています。(1)エージェントが私的情報を持つアドバースセレクションの状況では、エージェントが私的情報を持っているという立場を利用して振舞う結果、プリンシパルはエージェントから引き出す努力の量が望ましいレベルよりも過小になる。(2)立証可能な情報がなく、長期関係ないしは評判効果を用いて自分たちで契約を遂行するような仕組みを構築する必要がある関係的契約の状況では、将来の総便益が十分に保障されていないと約束を守るインセンティブを与えることが出来ず努力を引き出すことが出来ない。この二つの状況が共存すると(1)の効果で総便益が減少する一方(2)の効果で総便益が増加する可能性があります。この研究ではこの二つの効果がどう相互に影響するかを分析し、割引因子が小さくなる(将来を軽く見る)と総便益が増加する場合があること、また立証可能な情報を立証不可能にすると総便益が増加する場合があるという結果を示しました。
紛争問題について理論とデータの両側面から分析した研究です。少数民族の中央政権に対する不満などから様々な国で紛争が起きていますが、中央政府がそのようなそのような反政府グループによる紛争を防ぐためには金銭的あるいは政治的な権利の譲渡(Concessions)と武力や暴力による抑圧(Repression)の二つのアプローチがあると考えられます。この論文ではこの二つのアプローチを中央政府がどのように用いるのかを分析し、そのパターンによる紛争の頻度とその国の政治の成熟度合いとの関連性を明らかにしました。以下の(1)政治成熟度が高い国では政府は多くの譲渡を要求され、かつ武力の使用が制限される、(2)反政府グループの金銭的及び武力的な強さは彼らの私的情報になっている、の二つの仮定のもとでは、(1)政治の成熟度合いと紛争の頻度が正の関係にはならないこと、(2)政治の成熟度の低い国では抑圧によるアプローチが取られるがこのときには政治の成熟度が低いほど武力を使えるので紛争を防ぎやすいこと、(3)ある一定の成熟度に達すると武力による抑圧ではなく譲渡による紛争の防止を試み、このときには紛争は起きない、などを理論モデルによって示しました。また、理論モデルから得られた政治の成熟度合いと紛争の頻度が非単調性を統計的に確認するためにHansen (2000, Econometrica)による閾値回帰分析を用い、この仮説がデータによって支持されることが示しました。