何かと話題だったワールドカップ日本代表
2018年FIFA World Cupの本戦に参加した日本代表は本番前の散々なごたごたから始まり、決勝トーナメント1回戦での劇的な逆転負けに終わる間、良くも悪くも話題には事欠かなかったように思える。 その中でとりわけ大きな話題になったのは、グループリーグ第3戦のポーランド戦で行った、試合に負けてる状態にも関らず得失点差と反則の数を動かさないために行った終了残り8分での時間稼ぎであり、 世界中を巻き込んで日本チームに関する賛否両論が起きた。 時間稼ぎを行ったことが日本チームのアンフェアプレーとして批判しているような論調もあるが、時間稼ぎそのものについてそのような批判がなされるべきかと言われるとそれは筋ではないと考えている。 時間稼ぎはあくまでFIFAによって与えられたルールの元で意思決定をした結果であり、もしあの時間稼ぎが起きたことに関して批判するとするならば、批判対象はルールを作ったFIFAであろう。 (個人的には、終了残り8分ほどの時点でそうせざるをえない状況に追い込まれた場当たり的な采配とそれを招いた準備不足など、日本チームにも組織的な点で山のように批判すべきところがあると思っているのだが、それは本稿の目的ではないので割愛。) とは言え、ただFIFAが悪いというだけではあまり建設的ではないので、原因と潜在的改善案について特に「インセンティブ」と「指標」の観点から検証してみたい。グループリーグのルール
グループリーグの順位の決め方はFIFAの公式サイト(pdf、42ページ)で確認できる通り 順番に- 総勝点差
- 総得失点差
- 総得点差
- 当該チーム同士での勝点差
- 当該チーム同士での得失点差
- 当該チーム同士での得点差
- 総Fair Play Points(FPP、端的に言って警告や退場の数)の差
複数の指標によるインセンティブの乖離
上記の順位の決め方をよくよく考えてみると、指標の1番目から6番目と7番目(FPP)だとチームが何をすべきかが根本的に変わってしまうことが分かる。 1番目から6番目の指標は、基本的には勝負にこだわることを促す指標になっていて、得失点差や得点差も不完全とはいえ勝敗と深く関連した指標になっているので、 チームの目的設定の意味では勝点とそれほど大きく乖離することは無い。 しかし、FPPは基本的には勝敗や得失点とはほぼ関係の無いところで決まる指標になるので、仮にFPP「だけ」が指標として適用されるならば、 チームには勝負にこだわる理由はなくなってしまう。では何故チームの目的が全然変わってしまいそうな指標を適用しているかというと、 それは恐らく上記で述べた通りFIFAの追求する理想が1つとは限らないところに起因している。 これはいわゆるマルチタスク問題でよく直面する論点で、 FIFAとしてはチームに複数の目的を追求してもらいたい(勝負にはこだわりつつフェアにやって欲しい)と思っているが、 それを遂行するためにはその目的に関連する指標を「同時にかつバランスよく」適用しなければならないことになる。 (「同時にかつバランスよく」は大変重要で、そうでなければ目的が適用される指標だけを追求するようになるからである。) ただ、今回のケースでは「フェアなゲーム」は審判等によるモニタリングによってある程度担保されている側面もあり またVAR等の技術の導入によってそのモニタリングの精度も上がっていると考えられるので、 そこまで指標で追求すべき点なのかどうかは議論の分かれるところでもあり、 場合によっては指標で追求するのはあきらめても良い。(実際に昔はFPPという指標は導入されていなかった。) こう考えると場合によってはFPPを指標から外すことは有り得る選択肢であり、 特に今回のように「指標に入れた結果全く意図しないインセンティブを与えるようなものになる」のであれば むしろ指標として適用せず、「勝負のこだわりは勝点で促し、フェアプレーはモニタリングで促す」という方針に持っていったほうがいいだろう。
特に今回のケースはFPPの適用の仕方がまずく、 これによって「チームの行動の大きな変化を促すルールの非連続性」のようなものを生んでいる。 グループリーグの順位の決め方はいわゆる「辞書的順序」という1番目が同じなら2番目、2番目が同じなら3番目…というようになっているが、 辞書的順序による適用の特徴として「前の指標が同点になった瞬間、前の指標を追求するインセンティブは(少なくともその時点では)なくなる」というものがある。 例えば、総勝点差が同じになることが予想できれば総勝点を追求するようなことをする必要は基本的にはなくなることになる。 それでも、1番目から6番目の指標は上記の通りある程度は勝敗と関連する指標になっているので、 まずは何よりも勝負にこだわることにし可能ならばできるだけ得点を取り失点を減らすようにするように、チームの行動原理を一貫させている。 (例えば総勝点が同じになったとしても、特定のチームには勝つインセンティブはあるし、得失点差で差をつけるには結果的には目の前の相手といい勝負をする必要がある可能性は高い。) ところが7番目のFPPが指標になった瞬間、目の前の試合の勝敗や得失点を追求する誘因が無くなり、単に「反則を避ける」「ルールに則って時間を稼ぐ」という目的にガラッと変わってしまう。
もちろん「ルールに則って時間を稼ぐ」こと自体はサッカーでは(特に勝っているチームが)よくやることである。 ただ、本来は勝点や得失点ではゼロ和ゲーム(一方が喜ばしかったら他方は必ず喜ばしくない)という性質があるので、 通常は片方が「ルールに則って時間を稼ぐ」状況はもう片方はそれを好まないのでまだ勝負を争う状況は保たれている。 しかし、一方が勝敗や得失点を追求する誘因が一切無くなればもはやそれはゼロ和ゲームにはならず、今回の日本とポーランドの試合でもあった通り「ルールに則って時間を稼ぐ」状況がお互いに望ましくなると お互いに試合の結果のために争うことをやる理由が無くなり、 その結果、試合としてもはや成り立たないという(FIFAとしては)非常にまずい状況になってしまう。
ルールを変えるべきか?
今回の(史上初の)FPPによる順位の決定に関しても賛否両論が巻き起こっているようであるが、以上を踏まえてルールは変えるべきなのだろうか。 ルールを変えるにしてもやれることとやれないことがあるのも念頭に置かなくてはならない。 グループリーグではPK戦の実施(あるいは一般に該当チームが顔を合わせて何かをやる決め方)は現実的に不可能である。 また勝負が大前提である以上、辞書的順序の変更が現実的な案であるとも考えにくい。 そうなると、FPPを廃止した場合、チームに付随する関連する指標を代わりに入れるか、7番目でくじ引きにする以外は考えにくい。 ただし、FPP以外の指標を導入するとしても選ぶ指標を慎重に考えないと結局同様の問題をはらむ。 (例えば、FIFAランキングの高い方が勝ち抜けるルールであったとしても、日本がもしセネガルよりもFIFAランキングが高かったら、 ポーランド戦で同じように時間稼ぎをやっていた可能性は高い。 しかもFPPの時と違い、カードが出ても構わないので、もっとひどかった可能性もある。) 個人的には今のところ唯一思いつく比較的インセンティブを歪めない方法は枠内シュート数の差(枠内シュートを打った総数-枠内シュートを打たれた総数)を(7番目に)適用することであるが、 枠内シュート数という指標がどれくらい明確に定義されているものなのかよく分からないので、それ次第というところはある。もし今回FPPが適用されず7番目でくじ引きになっていた場合、日本は時間稼ぎをしていなかった可能性は高い。 (少なくともFPPで有利に立っているときよりは2位になる可能性は減るので、それを何とかしようとする誘引はもう少しあるはずだ。) 今回のFPPが初めて適用されそこから得られた教訓は、一見理不尽なルールに見える純粋なくじ引きの方が、 一見望ましそうな指標を導入するよりもフェアであるかもしれない、ということである。 そして、そこそこくじ引きに近いPK戦は勝者を決めるルールとしてしばしよく批判の対象にはなるものの、 結局まんざら悪い決め方でもないのかもしれない。